対数正規分布が世の中の主要な統計分布である理由

松下(2019)によると、世界の物事のほとんどは、統計的に分布をとると、正規分布、べき乗分布、対数正規分布の3種類のどれかに近い形になる。正規分布は左右対称の釣り鐘型の頻度分布であり、べき乗分布は右肩下がりで頻度が同じ割合で減少し続ける代表的な値のない(スケールフリーな)頻度分布である。そして興味深いのが対数正規分布である。これは、分布の左側側は正規分布に似ているが、右側はべき乗分布に似ている。よって、この3つの分布は、論理的にも数学的にも関連しており、自然現象、社会現象のメカニズムからも説明が可能であるように思われる。


ユニークな形をしている対数正規分布に関していえば、松下は「複雑系のデフォルト分布は対数正規分布」であると説明する。つまり、この世界の大部分が、複雑な現象すなわち複雑系の様相を示していることから、いろいろな自然現象、社会現象の分布をとると対数正規分布になることが想定されるのだが、対数正規分布から外れる場合には、その派生形として正規分布もしくはべき乗分布に近づくと考えられるのである。では、どのようなメカニズムで、複雑な現象が対数正規分布に従うのだろうか。


松下によれば、対数正規分布は「複雑系正規分布」といえるので、単純な系の振る舞いを記述する正規分布の理解が出発点となる。実は、正規分布が出現するメカニズムは、いろいろなモノゴトが加算的(足し算的)に積み重なる「加算過程」と、統計学の最も重要な法則・定理である大数の法則中心極限定理によって説明することができる。つまり、世の中が偶然性すなわちサイコロ投げのような現象で成り立っているとすれば、サイコロ投げが何度もなされて単純に積み重なっていくことで、頻度分布が正規分布になっていくのは数学的にも証明されているのである。


そして、対数正規分布は、横軸が対数変換された目盛で描いた正規分布にすぎない。対数目盛をもとに戻せば対数正規分布になるというわけだ。そして、それは複雑な現象において出現しやすい分布である。なぜそうなるかというと、単純な系を想定している正規分布が「加算過程」によって生じるのとは異なり、複雑な系を想定している対数正規分布は「乗算過程」によって生じるからだと松下はいう。つまり、サイコロ投げような偶然性が単に加算されていくのではなく、世界の多くの物事は相互依存的すなわちお互いに影響を及ぼしあっているために、非線形的もしくは乗算的に積み重なっていくのである。


別の言い方をすれば、世界でモノゴトが移り変わるとき、サイコロを繰り返し投げるように、今日の出来事はゼロクリアされた状態で明日もう一度サイコロ投げが行われる(加算過程)のではなく、今日投げたサイコロは明日のサイコロ投げの起点となる(乗算過程)ように、歴史は積み重なっていく。このように、統計性を生み出す原因が乗算過程であれば、生じる結果はいろいろな要因の掛け算で表されるが、「指数関数と対数関数」の非常に便利な特徴(掛け算的な表現を足し算的な表現に変換できる)を応用すれば、対数をとることで統計性を生み出すばらつきの原因を足し算としてとらえることが可能となり、加算過程とみなすことができるのである。


よって、大数の法則中心極限定理といった統計学基本法則・定理をそのまま用いて、乗算過程を加算過程に変えるだけであれば、そのまま正規分布が導き出させるメカニズムを複雑な系で生じる分布に応用することができる。つまり、出現する値が乗法的に大きくなっていくことを考慮し、目盛を対数変換することで加算過程に直して正規分布を導けばよいのである。後は、目盛をもとに戻してやれば対数正規分布となるわけである。


まとめると、世界の現象の多くは、伝統的な基礎物理学が対象としてきたような単純な系でなく、複数の要素がお互いに影響を及ぼしあう複雑な系であり、かつ、時間の経過につれて成長したり場合によっては退化したりする現象でもある。このような現象の時に顔を出しやすいのが対数正規分布なのであり、対数正規分布は世の中の主要な統計分布である可能性が高いと松下は論じるのである。