どうすれば実践に役立つ論文を書くことができるか

経営学は学問である。よって、経営学の研究および論文には、理論的貢献や厳密な方法論が求められることは言うまでもない。同時に、経営学は応用学問であるから、経営の実践に対して役立てることも念頭に置かなければならない。経営学の学術論文は、同業者に向けて書かれるものなので、実務家が直接学術論文を読むことはあまりない。よって、経営学の学術論文を執筆する際に実務家の読者を想定する必要はない。しかし、ビジネススクールで実務家に教える教授や、経営学の博士号を取得したあとに民間で働くような人々は、ちょうど、経営学の学術的知見を実務家にとって有用な助言に翻訳することができる立ち位置にある。よって、そのような人々が学術的知見を実務に応用できるようにするためにも、学術論文において実践的含意を強調することは重要である。


上記の点について、Cuervo-Cazurra, Caligiuri, Andersson, & Brannen (2013)は、経営学(狭くは国際経営)において、いかにして実践との関連性が高いを論文を書けばよいのかの具体的な助言を行っている。例えば、数量研究においては、統計的有意性のみを報告するのではなく、研究から得られる経済的有意義性を示すべきだという。単に「仮説で想定した関係が存在することが支持される」と述べるだけではなく、「本研究で独立変数 X を1単位増加させると、経済的価値(例、利益)が〇%増加する」のような報告もすべきだと説く。また、申し訳程度に実践的含意を論文のディスカッションの部分で1~2段落書き、単に研究結果をなぞっているだけの論文が見られるが、実践的含意をより充実した内容にする必要があると説く。では、実践に役立つ論文は具体的にどう書いていけばよいのだろうか。


Cuervo-Cazurraらは、実践に役立つ論文を書くための心得として、まず、実践の意思決定者が自分の研究を知ったときにどのような反応をするのかを考えるべきだという。意思決定者は、自分の研究を実践に応用してくれるかどうかを考える必要があるというわけである。例えば、自分の研究をわかりやすくかみ砕いたかたちで実務の意思決定者に向けたプレゼンテーションを行う場合、どのようにプレゼンすればよいかということを考えるとよいだろうとCuervo-Cazurraらは述べる。とりわけ以下のように自問自答することが大切だという。1つ目は、どのような意思決定者が(誰が)自分の研究に関心を持つのだろうかという問いである。2つ目は、なぜ、意思決定者は自分の研究に関心を持つのかという問いである。3つ目は、意思決定者はどのように自分の研究を活用するのだろうかという問いである。要するに、実務家、意思決定者が現在実践していることを超えた何かを彼らに提供する(したがって彼らが自分の研究に関心を向ける十分な理由がある)必要があるということである。


次に、Cuervo-Cazurraらは、論文における「実践的含意」をどのように書けばよいのか、とりわけ単なる研究結果を繰り返すに留まらないように書くための助言を行っている。まず、本研究テーマ、理論、発見が、なぜ重要なのか。なぜ実務家や意思決定者が本研究成果に着目する必要があるのかを述べることである。具体的には、なぜ本研究テーマが実務に重要なのか、なぜ本研究で提示した理論および結果(発見)が実務に重要なのか。本研究の理論や結果が、どのように実務上の通説や常識を超え、新たな視点を提供しているのかを明記することである。「実務家は現在普及している方法を用いるよりも、本研究から示唆される方法を用いるほうが良い成果につながる」ということを示すのである。2つ目は、意思決定者が望ましい結果を得るために具体的にどのようなアクションをすればよいのかを示すことである。研究成果がどのように実行されるべきなのかを示すわけである。実務家や意思決定者は何をすればよいのかの具体的な助言を求めているのである。よって、単に研究成果を示すだけでなく、どうすればそれを実行して望ましい結果を得ることができるかを示す必要がある。3つ目は、実務家や意思決定者がこれまでとは異なる視点で物事を眺めることを促すことである。これまでの問題に対して異なる視点、異なるアプローチで取り組むことによってより良い成果につながることを示すわけである。


結びとして、Cuervo-Cazurraらは、論文には3種類あるという。1つ目のタイプは、「私もこんな論文を書いてみたかった」と思わせるもの。2つ目のタイプは「誰かがこのような論文を書いてくれてとても嬉しい」と思わせるもの。3つ目のタイプは「なんでこんな論文が書かれたのだろう」と思わせるもの。前2つの論文が増え、3つ目のタイプの論文が減ることを望むという。

文献

Cuervo-Cazurra, A., Caligiuri, P., Andersson, U., & Brannen, M. Y. (2013). From the Editors: How to write articles that are relevant to practice. Journal of International Business Studies, 44, 285-289

媒介分析(mediation analysis)の間違った理解

経営学や組織行動研究で、媒介関係(mediation)を伴うモデルや仮説は頻出である。媒介仮説とは、独立変数 X が、従属変数 Y に与える影響を、M が媒介するというもので、X → M → Y という因果関係を想定するものである。調整関係(moderation)と組み合わせた調整的媒介(moderated mediation)や、媒介的調整(mediated moderation)など、より複雑なものも増えている。媒介関係を扱うモデルや仮説が経営学や組織行動研究で重要な理由は、媒介関係が、ある現象の因果メカニズムもしくはプロセスを説明することになる場合が多いからである。この媒介仮説を実証的に検証するためには、適切なリサーチデザインと適切な統計分析が求められる。しかしながら、投稿論文の中には、この媒介仮説の検証方法を根本的に間違って理解しているのではないかと疑われるようなものがある。当然そのような論文はリジェクトされる。


媒介仮説が含まれた投稿論文で、もっとも眉唾なのが、横断的データ(クロスセクショナルデータ)を用いて、媒介分析を行っている論文である。このパターンの論文を目にしたら要注意である。念のために付け加えると、横断的データで媒介分析を行っているからといってすべてが間違っているのではなく、もちろん、適切な方法論に則り、媒介仮説が支持されたのかされなかったのか適切な結論を導いているものもある。では、どのような論文が、あやしい論文なのか。おそらく、あやしい論文がどのように出来上がるかというと、とにかく試行錯誤で統計分析を行い、3つ(以上)の変数で媒介関係が示唆させる結果を得たら、後付けでその媒介関係を説明した論文を作成するというものである。統計分析のみで、実際に媒介関係が存在すると信じ込んでしまい、なぜそうなるのかを考えて論文にするのである。


上記のように、媒介関係についての理解を欠く、もっとも深刻な間違いは、横断的データを用いて媒介分析を行う際に、媒介分析の統計学的手法によって因果関係が検証できると考えているケースである。これは明らかに間違いである。統計分析で媒介関係を示唆する結果を得ることは、実際に媒介関係が存在することと同値(必要十分条件)ではない。高校で習う必要条件、十分条件の分類でいうと、研究対象に媒介関係が存在しているということは、適切に横断的データを収集して統計分析したときに媒介関係が示唆される「十分条件」である。しかしその逆は違う。適切に横断データを収集して統計分析をしたところ媒介関係が示唆されたとしても、それは研究対象に媒介関係が存在していることの「必要条件」にしかすぎない。そもそも、横断データで得られる情報は変数間の相関関係のみである。よって、研究対象に媒介関係が存在しなくても、変数間の相関関係のパターンによっては、横断データの統計分析で媒介関係が示唆される結果が出ることは大いにありうるのである。それをもって媒介関係があると結論づけるような論文は大きな間違いを犯していることになる。


例えば、よく分からない説明を振りかざして媒介仮説を提示し、横断データの媒介分析によって、仮説が支持された、よって媒介関係が存在すると胸を張って主張している論文である。これではダメで、媒介分析を行う大前提として、X → M → Y が、論理的にもしくは理論的に正しくて、M → X とか、Y → M が、論理的もしくは理論的にあり得ないことを示しておかないといけない。例えば、X が年齢で、M が頭の回転の速さだとしよう。年齢が頭の回転の速さに影響することは理論的にも論理的にありうるので、X → M の検証は、たとえ横断的データであっても適切な分析を行えば可能である。一方、頭の回転の速さが年齢に影響を与えることは論理的にあり得ないので、いくら X と M の相関情報しか得られなくても、M → X の可能性を考慮する必要がない。いくら横断的データだといっても、因果関係の条件の1つである X が M に時間的に先行していることは明らかなのである。しかし、横断データを用いた眉唾モノの論文の多くは、本当に X → M → Y であることが説明されておらず、M → X とか、Y → M である可能性もあるので、統計的分析のみでは、媒介関係を検証することは不可能である。


上記とも関連するが、媒介関係の検証を行う場合の前提として、X → M → Y が独立した別の変数であることを示しておく必要がある。例えば、X と M が概念的に似ていて、似ているがゆえに横断的にデータを取った時に X と M のあいだに相関関係が生じていると考えられる場合は、統計分析で媒介関係を検証することは不可能である。これもよくあるケースだと思われる。例えば、職務満足度とコミットメント、エンゲージメントなど、すべてが類似した態度変数の場合、横断的に収集したデータでこれらの因果関係を検証することは不可能である。また、これは媒介関係に関わらない話であるが、同一人物からの回答を横断的に収集したようなデータ(クロスセクショナル&自己報告データ)では、必ず、共通方法分散(common method variance)の存在を疑わなければならない。例えば、たまたま回答したときの気分が悪いときは、すべての回答が低めのスコアになり、たまたま気分が良い時は、高めのスコアになる。回答を集約して統計処理をすると、変数間に相関関係が検出される。しかしこれは、変数間に真の相関があるからではなく、測定されていない第3の変数(気分)によってもたらされた擬似相関である。


統計学的に媒介分析をする際には、その手法によって種類は異なるが、さまざまな前提条件がある。その前提が崩れると、結論自体が誤ったものになりかねない。記述のとおり、データ収集や媒介分析を行う前に、理論および仮説としての因果関係が論理的に間違っていないということはほどすべての分析に共通する大前提である。そのうえで、媒介関係を適切に実証分析できるよう可能な限り適切なデータ収集と分析を行っているという前提を満たさなければならない。例えば、X、M、Y を測定する順番と時間間隔が、理論と整合的である(測定感覚が短すぎても長すぎてもいけない)。そのほかにも、X と M の間には交互作用が存在しない、測定の信頼性や妥当性が十分に高いなど、媒介分析を行う際の前提条件がいろいろとあるが、詳しくはAntonakis, Bendahan, Jacquart, & Lalive, R. (2010)や、Kline (2015)をはじめ数多くの論文で説明されているので参照されたい。

文献

Antonakis, J., Bendahan, S., Jacquart, P., & Lalive, R. (2010). On making causal claims: A review and recommendations. The Leadership Quarterly, 21, 1086–1120.
Kline, R. B. (2015). The mediation myth. Basic and Applied Social Psychology, 37(4), 202-213.

重回帰分析における相対的重みづけ分析(relative weight analysis)の直感的理解

経営学や組織行動などの研究で最も頻繁に使われる統計分析の1つが、重回帰分析である。重回帰分析では1つの目的変数を複数の説明変数で予測しようとする。この重回帰分析の際にしばしば生じる研究上の関心は、複数の予測変数の相対的な重要度(relative importance)である。例えば、職場における従業員の総合的な満足度を、仕事への満足度、人間関係の満足度、給与の満足度の3つで予測するとしよう。その際、ただこの3つで予測できるか否かを検証するだけでなく、研究上の関心としては、この3つのどれが最も総合的な満足度に影響を与えているか(関連が深いか、予測力があるか)というようなものがあるだろう。つまり、3つの満足度が総合的な満足度を予測する際の相対的重要性である。そしてこの問題への答えは、統計学的には意外と難しいのである。今回は、そのような統計学的な困難性を手品のような方法で上手にクリアすることで、説明変数間の相対的な重要性の判断を可能にする相対的重みづけ分析もしくは相対ウェイト分析(relative weight analysis)を紹介する。骨子はTonidandel & LeBreton (2011) で説明されている。


上記の問題を、目的変数 y を、3つの説明変数 x1, x2, x3 で予測するとした場合に、相対的な説明力の高さで順位付けしたいとしよう。その場合、問題を以下のように言い換えよう。「x1, x2, x3 のそれぞれが目的変数 y の分散を説明する度合いはどれくらいか。」もし、x1, x2, x3 がそれぞれ無相関である場合、この問題への答えは簡単である。重回帰分析を行った場合の x1, x2, x3 それぞれに対する標準偏回帰係数 β の値が、x1, x2, x3 それぞれの相対的重要度に結びついているのである。もう少し説明すると、x1, x2, x3 それぞれの説明変数に対する標準偏回帰係数は、それぞれの説明変数と目的変数 y との相関係数に他ならず、その二乗をすべて足し合わせれば、重回帰係数の決定係数r2と一致する。決定係数とは、重回帰式に含まれた説明変数が目的変数の分散を説明する度合いだから、その量を x1, x2, x3 に割り振ることができる。 x1, x2, x3 に割り振られた量が、決定係数への貢献度、すなわち目的変数を説明する際の貢献度を意味する。よって、相対的重要度だと解釈して問題はないということになる。


しかしアンケート調査などによる現実のデータにおいては、実験などで人為的に説明変数間を無相関に調整する場合などを除くと、説明変数どうしに相関関係がある場合が普通である。その場合は、話が難しくなる。つまり、 x1, x2, x3 の標準偏回帰係数が単純に相対的重要度を示しているとは言えないのである。この場合、x1, x2, x3の標準偏回帰係数の二乗を足し合わせても決定係数とは一致しないので、単純に目的変数の分散をx1, x2, x3に割り振れない。また、x1, x2, x3 のそれぞれの標準偏回帰係数は、他の変数と目的関数との関連性の影響を受ける。偏回帰係数は、「他の変数が一定で変化しないと仮定した場合」に、当該説明変数 x を一単位増加させた場合に y がどれくらい増加(減少)するかを意味している。なので、他の変数の状況によっては、単純相関で x1 と y とに正の相関があっても、重回帰分析の偏回帰係数がマイナスになることさえある。さらに、説明変数間に相関があるということは、y の分散を説明する部分がそれらの説明変数間でオーバーラップしていることも意味しており、それをどう各説明変数に割り当てればよいのかは簡単にはわからない。


上記のような理由で、「相対的重要度を識別する際の問題はかなり厄介で、困ったことになったぞ」ということになるのであるが、様々な試みが検討された結果、現在では、この問題を解決し、説明変数の相対的重要度をわりと正確に推定できる方法が2つあることが明らかになってきた。その2つの方法が、「ドミナンス分析(dominance analysis)」と、「相対的重みづけ分析(relative weight analysis)」である。ドミナンス分析の説明は別の機会に譲るとして、今回は、相対的重みづけ分析について説明する。こちらは、なるほどと唸ってしまうような「ずるい」やりかたで、説明変数 y が説明される分散を、論理的な破たんを犯すことなく、上手に x1, x2, x3 に割り振ってしまうという、手品のような手法なのである。その手品のタネは、説明変数 x1, x2, x3 と目的変数 y の間に、新たに作成した架空の変数 z1, z2, z3 を挟みこむことで説明変数間の相関に伴う問題を消し去ってしまおうというものである。 z1, z2, z3 が無相関であるところがミソで、これが挟まると驚くように困難な問題が解消されてしまうのである。


具体的には、相対的重みづけ分析(相対ウェイト分析)は以下の手順で行う。まず、 x1, x2, x3 に類似しているが、それぞれが無相関な z1, z2, z3 を作り出す。別の言い方をすれば、お互いに相関している x1, x2, x3 を、お互いに相関しない z1, z2, z3 に変換する。次に、y を z1, z2, z3 を用いて重回帰分析を行う。そうすると、 先に説明したとおり、z1, z2, z3 の標準偏回帰係数の二乗が、yを説明する分散の割り振りに相当するので、相対的な重要性であると簡単に解釈できる。つまり、yに対する z1, z2, z3 の相対的重要性(重みづけ)は無相関であるがゆえに簡単に推定できる。ただし、知りたいのは z1, z2, z3 の相対的重要性ではなく、x1, x2, x3 の相対的重要性である。そこで次のステップとして、x1, x2, x3 のそれぞれを目的変数として、 z1, z2, z3 を用いて重回帰分析を行う。そうすると、例えば、x1を予測するうえでの z1, z2, z3 の相対的重要性は簡単に求まる。先と同じように、標準偏回帰係数の二乗を用いればよい。


さて、ここまでくればあとは簡単である。z1, z2, z3 は、y を説明する上での相対的重要性の情報を持っており、なおかつ、x1, x2, x3 を説明する上での相対的重要性の情報を持っている。よって、これらの情報を組み合わせれば、y を説明する上での x1, x2, x3 の相対的重要性が推定できる。具体的にいうと、x1 の y に対する相対的重み(相対ウェイト、相対的重要性)は、 z1, z2, z3 の相対的重要性について、それぞれのx1に対する相対的重要性情報を用いた加重平均をとるような考え方をすればわかる。相対的重みづけ分析を行うことによって、y を説明する分散がいったん z1, z2, z3 に割り振られ、その割り振られた分散は、さらに x1, x2, x3 に割り振られた。別の言い方をすれば、z1, z2, z3 を仲介することで、y を説明する分散を、 x1, x2, x3 に上手に割り振ることができたのである。もちろん、この分析は万能といわけではないので、参考文献等によってその限界点なども理解されたい。

文献

Tonidandel, S., & LeBreton, J. M. (2011). Relative importance analysis: A useful supplement to regression analysis. Journal of Business and Psychology, 26(1), 1-9.

マネジメントジャーナルが掲載する論文にはどのような貢献が求められるのか

経営学(マネジメント分野)は、心理学や経済学などと比べると、より学際的な要素の強くかつ実践的な貢献も求められる学問分野である。また、Academy of Management Journal (AMJ) のような総合的なマネジメントジャーナルは、Strategic Management, Organizational Behavior, Entrepreneurshipなどを扱う専門分野特化型のジャーナルと比べて取り扱う研究も幅広く、読者層も広く多様である。したがって、総合的マネジメントジャーナルが掲載する論文に求める貢献の仕方や見せ方は、幅の狭い特定のエリアに特化した専門特化型ジャーナル(エリアジャーナル)と比べて異なる点がある。DeCelles, Leslie, & Shaw (2019)は、この点に関して、AMJが掲載論文に要求する貢献のあり方がエリアジャーナルとどう違うのかについて解説している。


まず、DeCellesは、AMJのミッションとして、理論面においても実証面においても、幅広く「新しく」「大胆で」「面白い」貢献を求めていると述べる。したがって、例えば、経営学分野以外の学問分野からインサイトフルな理論を持ち込んで経営現象を説明しようとするような研究は歓迎される。このような視点に鑑み、DeCellesは、AMJと他のエリアジャーナルとの論文に要求される強調点の違いを、研究論文の「朝食(クラフティング)」「椅子(理論構築)」「ベッド(方法論)」に分けて解説する。


研究の理論的、実証的貢献をどのように読者に伝えるか(クラフティング)については、AMJでは論文の導入部分(Introduction)のところで、理論的貢献を明確に伝えることを期待する。すなわち、論文の導入部分では、論文で扱うメインの研究トピックについて、何が分かっており、何がまだ分かっておらず、この論文がその未解答の部分にどう切り込んでいくのか、そうしてどのように当該分野に貢献するのかを明確に示すことが必要だというわけである。優れた貢献とは、この論文が、マネジメント分野における私たちの知識にどのようにインパクトを与え、どう変えるか(揺さぶりをかけ、視点や前提を変え、理解の仕方を変えるか)が重要である。


エリアジャーナルと違い、総合的なマネジメントジャーナルでは、マネジメント全般にかかわる幅広い読者層がいるので、どうマネジメント分野に貢献するのかのクリアな言明は極めて重要である。つまり、マネジメントジャーナルを読んだりそこで論文は発表するというのは、マネジメント全般にかかわる様々な事項についての継続的な対話に参加するということなのである。著者は、マネジメントジャーナルに掲載させることで、過去の論文の著者たちと、そして読者や将来の著者たちと、マネジメントについての対話、議論をする。その対話、議論に貢献するということは、多くの人に「なるほど!」と思わせることなのである。多くの人のものの見方考え方を変える、革新的な視点を提供することが大切である。


理論構築の方法については、AMJ、とりわけその中でもミクロ系の仮説検証型論文では、理論編の中に、明確に記述された仮説が含まれているのを好むとDeCellesらは指摘する。とりわけ重要なのが、提示する諸々の仮説を包括的に説明する、傘となる理論あるいは包括的な理論(overarching theory)である。繰り返すならば、この包括的理論がどれだけ既存の常識を覆したり人々の見方考え方を変えるかということが大切である。例えば、他の学問分野から借用した理論に基づく包括的理論を構築する場合は、そうすることで、マネジメント分野の定番理論に揺さぶりをかけ、軌道修正を迫るようなものが理想である。AMJではしばしば、包括的理論に基づいた諸仮説のつながりを示す全体像が図で示される。そして、なぜそれらの仮説が出てくるのか、あるいは研究結果の解釈が、すべてその包括的理論を参照することでなされることが重要である。様々な理論を切り貼りして何か現象を説明しようとするので理論的貢献が不明瞭なのでだめである。


AMJは実証研究を掲載する雑誌なので(Academy of Management Reviewは理論論文を掲載する)、理論的貢献だけでは論文を掲載できない。つまり、優れた実証的貢献が必要なわけだが、AMJが求める研究方法論は、論文で提示する包括的理論、およびそこから導き出される仮説の妥当性を、できるだけ正確に検証することである。言い換えれば、包括的理論や仮説と、実証研究で用いる変数や測定方法、分析手法がぴったりと一致している必要がある。簡単に言えば、実証部分で一番大切なのは、論文で主張するあるいは提示する包括的理論が実証的(経験的)に妥当なものであるかどうかを正確に検査し、その結果を報告することである。したがって、例えば、包括的理論の妥当性を検証するのに必要な変数が抜け落ちていたり省略されていてはだめである。変数の選択は適切であっても測定方法が適切でなかったり、測定したい変数と実際の測定とに意味的なずれがあったりしてはだめなのである。


そして、経営学(マネジメント)は、経営(マネジメント)の実践への貢献も期待されているわけであるから、検証した包括的理論や仮説が、現実の経営現象に当てはまるのか(外部妥当性)が重要であることはいうまでもない。例えば、いくら包括的理論や仮説をデータで実証したといっても、経営の現場や職場で起こる現象を説明する理論を大学生をサンプルにした実験などで検証したとするならば、それでは提示された理論や仮説が実際の経営現場、職場で起こっていることに本当に当てはまるのかの確証が得られないので不適切だということになるのである。

文献

DeCelles, K. A., Leslie, L. M., & Shaw, J. D. (2019). From the Editors—Disciplinary Code Switching at AMJ: The Tale of Goldilocks and the Three Journals. Academy of Management Journal, 52, 635-640

経営学研究でどのように実践へのインパクトを生み出せばよいのか

経営学は応用的学問でもあるため、研究するにあたっては当然のことながら、この研究がどのようにして経営の実践に影響を与えることができるのかを考えざるを得ない。そして、実践へのインパクトに関する、実務家からの批判も、経営学内部からの自己批判もある。つまり、経営学研究は、十分に経営学の実践の役には立っていないのではないかという批判である。これを、research-practice gapという言葉で表現することもある。これに関してSimsek, Bandal, Shaw, Heugens, & Smith (2018)は、典型的な視点を批判的に検討しつつ、経営学研究でどのように実践へのインパクトを生み出せばよいのかについては典型的な視点を含め少なくも3つの視点で考えるべきであることを主張する。


その前に、基本的な事柄について確認しておこう。そもそも、学問としての経営学は、できるだけ幅広い経営現象に適応可能な、すなわち汎用性や抽象度の高い、かつ信頼できる知を生み出すことを主眼としている。一方、実務家の場合は、今、自分の目の前にある固有の問題を解決するための策を探している。であるから、実務家の目の前にある固有の問題の処方箋のようなものを提供することを経営学が期待されているわけではない。つまり、実践へのインパクトというのはそういう意味なのではない。では、経営学に求められる実践へのインパクトととは何かと言えば、実務家が問題解決などの経営実践を行ううえでの新しい見方、考え方を提供するということなのである。例えば、マイケル・ポーター流に業界分析一辺倒で戦略策定をしようとしている実務家に対して、戦略とはプロセスであるという視点を提供したり、企業の持つ資源が持続的競争優位性の源泉であるという視点を提供することである。そうすれば、実務家が視野狭窄に陥ったり、誤った前提に基づいた実践を行ったりするのを防ぐとともに、ブレークスルーやイノベーションを起こしたりすることを可能にする。


改めて、経営学が上記のような意味での実践へのインパクトを与えられているかを考える際に、もっとも典型的な視点は、論文などの研究成果がどれだけ実践的インパクトがあるかということであり、経営学者の多くが自分の研究を推進するにあたって最初に考えることであろう。個々の論文にはたしかに「実践的含意(implications for practice)」のセクションがあったりするが、せいぜい数段落にしかすぎない。それでよいのだろうか。しかし、Simsekらは、経営学者は、個々の研究、論文の実践へのインパクトに過度に神経質になる必要はなく、むしろ、経営学として構築しようとしている集合的知識体系にもっと注目すべきであると指摘する。忘れてならないのは、経営学は信頼できる知の生産でもあるという点である。よって、個々の研究では狭い範囲でありながら厳密な方法論で精巧な知を構築することが重要となる。スマートフォンに例えれば、内部にある微小な部品の1つ1つが、1本1本の論文に相当する。微小な部品が精巧でなければ、高性能なスマートフォンが実現しないのは明らかである。経営学そのものは、膨大な数の研究者の共同作業による知識体系構築の実践である。であるから、重要なのは、その集合的成果なのである。そう考えるならば、戦略論や組織行動論、およびそのサブ分野としてのリソースベーストビューやモチベーション理論などは、これまで実務家の視点を転換するような重要な役割を果たしてきたといえるし、経営学として恥ずべきことではないだろう。


さらにSimsekらは、上記のような問いの立て方は典型的なものではあるが、暗黙的に、経営学者→実務家という方向性しか想定していない一面的なものに過ぎないことを指摘する。研究が終わってしまってから、論文が発表されてから、「さて、どうやってこの研究成果を実務社会に還元しようか」と考えるのも同じ典型例である。Simsekらは、この視点の他に少なくともあと2つの異なる視点があるという。1つは、研究を実践していくプロセスにおいて、実務家と対話をしていくことである。例えば、未知な経営現象を解明するためにすすんで実務の世界に入りこんで、実務家との対話を重ね、そこから知を生み出していくような方法である。そのようなプロセスを通して実践に対するインパクトを与えていくことは十分に可能だとSimsekらは言うのである。例えば、そのようなプロセスを通して実務の世界に近いところで生み出された知識は、実践的文脈とのつながりも強く、実務家にとっても肚落ちが大きいだろう。また、研究プロセスを通した研究者と実務家との対話そのものが、実務家に新たな視点や気づきを与えるというインパクトもあるだろう。


さらにもう1つの視点は、研究者と実務家が共同で経営学研究を行うというものである。実務家にも経営学における知の構築作業に積極的に参加してもらうというわけである。そうすれば、経営学研究としても、より実践に即した研究がしやすくなる。例えば、実験室のような非現実的な環境を使って実験を行うよりも、実務家の協力を得て本物の組織で実験を行うことも可能である。そのようにして生み出された知識は、より説得力があって実務家にも信頼されるものとなるだろう。実務家にとっても、経営学研究に参画することで、経営学の本質や役割についての理解も進み、より効果的な形で経営学の研究成果を実践に生かすことができるようになるだろう。

文献

Simsek, Z., Bansal, P., Shaw, J. D., Heugens, P., & Smith, W. K. (2018). From the Editors—Seeing Practice Impact in New Ways. Academy of Management Journal, 61, 2021-2025

マルチレベル分析で説明変数を中心化する際のポイント

マルチレベル分析を実際に行うときによく出てくる疑問として、説明変数を中心化(センタリング)すべきかどうかというのがある。とりわけ、マルチレベル分析では、説明変数を集団内での平均値を用いて中心化する方法(集団平均中心化:group-mean centering)と、サンプル全体の平均値を用いて中心化する方法(全体平均中心化:grand-mean centering)の2つがあるが、この2つの違いと、どのような時にどちらの中心化を用いればよいかについて混乱してしまう場合がある。そこで、清水(2014)をベースにこの2つの中心化の意味、違い、効用について理解してみよう。


そもそもマルチレベル分析は、ある特殊なデータ構造(例えば、階層的データ)であるために、従属変数あるいは結果変数に個人レベルの効果と集団レベルの効果が混在している可能性がある場合に、これらの効果を分離することを目的としている。マルチレベル分析が一般化線形混合モデルの1つであると言われる所以でもある。例えば、ある県における学校ごとに数学の得点と志望校合格可能性の関係に関するデータがある場合、実際の志望校合格可能性の値は、学校内の本人の数学得点の位置づけと、学校全体としての数学力の水準(県内での学校別数学平均点)の両方の影響を受けていると考えられる。マルチレベル分析は、この2つを分離し、それぞれの効果を推定しようとする。


常にそうであるわけではないが、清水によると、集団平均中心化はおもにレベル1(例、個人レベル)の式に投入する説明変数に施し、全体平均中心化はレベル2(例、集団レベル)の式に投入する説明変数に施すことが多い。総論として、説明変数を中心化するメリットあるいは目的は主に2つある。1つ目は、一般的な重回帰分析における交互作用分析のように、説明変数を中心化することで、クロスレベル交互作用を推定する際などの多重共線性の影響を軽減する目的である。この目的はマルチレベル分析に限った話ではない。2つ目は、説明変数を中心化することで、先ほど述べた個人レベルの効果と集団レベルの効果との分離をクリアにしたり、結果の解釈をしやすくするという目的である。こちらはマルチレベル分析特有の目的もしくはメリットといえる。以下はこの2つ目のメリットに焦点を当てる。


まず、レベル1の式に投入する説明変数に集団平均中心化を施すとどうなるか。まずいえることは、集団中心平均化後は、どの集団(レベル2の単位)においても、集団平均の値がゼロになるわけだから、分散分析のアナロジーを用いるならば、当該説明変数については集団間で平均値のばらつきが全くなくなるということになる。ということはどういうことかというと、モデル式を構築して分析する際に、説明変数の集団の平均値(つねにゼロ)は結果変数に影響を及ぼさないということになる。つまり、純粋に集団内の個人の得点の違いが結果変数に影響を及ぼすというモデルになるので、集団平均中心化を施すことによって当該説明変数に関しては集団レベルの水準の違いに基づく効果を完全に取り除いたことになる。また、レベル1の式に投入する説明変数に集団平均中心化を施した場合に得られる切片は、説明変数が集団内の平均値であるときの値だという解釈になる。


次に、レベル2の式に投入する説明変数の全体平均中心化を施すとどうなるか。これは、レベル2の式の切片を、説明変数が全体平均のときの値として解釈できるようにすることを意味する。さらにいうと、マルチレベル分析でクロスレベル交互作用をモデル化する際に、レベル1の式における説明変数の回帰係数がレベル2の式における切片すなわち説明変数が全体平均のときの値として解釈できることを意味する。もし、レベル2の説明変数の中心化を施さない場合、クロスレベル分析から得られるレベル1の説明変数の回帰係数が何を意味しているのかの解釈が難しくなる場合がある。なぜならば、レベル2の切片は単純に説明変数の値がゼロのときの値であるが、1から7のリッカート尺度など、説明変数の値がゼロであることに深い意味がない場合もあるからである。

学際的理論構築の作法

経営学は基本的に学際的な学問である。経営学という独自の方法論が存在するわけではなく、経済学、心理学、社会学、人類学、政治学などから関連する概念や理論、方法論を借用することで、経営にまつわる現象の理解を志向してきたのである。よって、理論構築においても、異なる学問分野から理論や概念をもってきて統合することはよく用いられる研究方法である。これに関し、Shaw, Tangirala, Vissa & Rodell (2018)は、学際的な理論統合のポイントについて解説している。


まず、どのようなときに学際的理論統合を用いることが良いのか。Shawらによれば、学際的理論統合の目的は主に3つある。1つ目は、経営における新たな現象が出現したときなど、ある経営現象を的確に説明できる理論が存在しない場合に、新たな理論を構築しようとするという目的である。例えばある研究では、小さな出来事が大きな組織変革につながるような事例を説明するために、既存の経営理論にはなかったものとして、物理学や生物学で研究されてきた複雑適応系の理論を援用した。2つ目は、特定の現象についての理解や思考をより透明化すなわちクリアにするという目的である。例えば、既存の理論で説明しようとすると常に一定の例外事項が生じる場合に、それを説明するために他分野の理論を既存理論と統合するようなケースである。ある研究では、なぜ成果主義が常に良い結果を生み出さないのかを理解するために、経済学と心理学の理論を統合することで解決しようとした。3つ目は、特定の経営現象を、これまでとは全く異なる視点から眺めようとする目的である。例えばある研究では、組織や人々が活動するタイミングを理解するために、全体性、リズム感、調和などを理解する音楽理論を援用しようとした。もっとも、これらの3つのパターン以外の目的もあるとShawらは補足している。


では、学際的理論統合を行うのに効果的な方法はなんだろうか。Shawらによれば、1つ目のポイントとしては、特定の現象を説明するさいに、異なる理論や学問分野を用いる場合の類似点と相違点を明らかにするということである。それぞれの理論や分野は、どのような前提のもとで展開されているのだろうか。その前提の類似点と相違点は何か。例えば、人間行動について、経済学と心理学はどのような前提を置いているのか。それを理解することによって、なぜ、異なる理論や分野が同一の対象に対して相反する予測をするのかの理解が可能となり、それらを統合するとどのように説明力が増すのかが明らかになる。2つ目のポイントは、異なる理論や分野の守備範囲の違いを意識することである。例えば、ミクロな個人レベルは心理学の守備範囲となるが、集団や組織のようなマクロレベルになると社会学の守備範囲になってくる。しかし、どこかにこれらの守備範囲が交差する節合点がある。そこに、それらの理論を統合して新たな理論を構築する機会が出てくる。3つ目のポイントは、ある分野が別の分野から借用して発展し、その別分野がさらに当該分野から借用して発展するという相互作用を意識することである。


さらに、学際的理論統合を行うさいに注意すべき点として、Shawらは以下の点を挙げている。まず、異なる理論や分野を統合しようとするさい、その理論や分野の前提に適合性があるかということである。もし、異なる分野の前提が対立していてお互いに相容れないものである場合には、理論統合することは適切ではない。なぜならば、片方の理論の前提が、他方の理論の前提を否定してしまうからである。また、理論統合を行う際には、読者とのコミュニケーションをより透明化する必要がある。例えば、異なる分野や理論によって、対象に対して異なる前提を置いていることは当然であるが、さらに異なる用語、概念、概念定義を用いていたりする。よって、これらを明確かつ明示的に示したうえで議論を展開し、理論統合を図っていく必要があるのである。

文献

Shaw, J. D., Tangirala, S., Vissa, B., & Rodell, J. B. (2018). New ways of seeing: Theory integration across disciplines. Academy of Management Journal, 61, 1-4.