研究活動のヒント

安田(2010)の著作は、ネットワーク・サイエンスのものであるが、ところどころに研究活動のヒントとある記述がある。たとえば、江崎玲於奈氏の「能力の必然と偶然の女神の共同作業である発見の喜び」という言葉を紹介している(p.119)。これは、茂木健一郎氏も指摘している「偶有性」の考えに近い。
http://d.hatena.ne.jp/sekiguchizemi/20110114/1294936986


研究者として地道に知識や技術を蓄積させ、実力を研鑽するのは重要である。それは、素晴らしい発見につながる確実性の部分である。これがなければ、素晴らしい発見はできない。しかし、それだけでは不十分である。そこに、偶然性が絡んでくる。よって、偉大な発見というものが、「半ば偶然に、半ば必然に起こる」といえるのである。それが起こったときに至福の境地に至れるのが研究者である。


また、「何かを作る」という発想がほとんどない社会学と対比させ、ともあれ「何かを作る、動かしてみる、そして改良する」という理工系の発想を紹介している(p.155)。厳密な研究方法としては邪道かもしれないが、どうなるかわからなくても、とにかく作ってみる、動かしてみる、ということをすることによって、そこから新たな発見が得られる可能性が高まるともいえよう。これもまさに「偶有性」を作り出す動作だといえよう。


本書の主題であるネットワーク・サイエンスに関する名言もある。安田が呼ぶ「ネットワーク・アイデンティティ」とは、人々が1人ひとり固有に持っている、過去からの人間関係の蓄積であり、それまでの生涯で出会った他者が与えたすべての影響の結果として捉えている。ネットワーク・アイデンティティこそが、その人の行動や思考を形成し発動させるという(p.42)。ネットワーク研究者らしい考え方である。また、誰かそばにいれば防げたであろうと思われる痛ましい事件を嘆きつつ、「良き人間関係には、抑止力があるのだ。そして良き人間関係の欠如は、暴走を生みやすい」と述べる。社会ネットワークの本質をうまく捉えたコメントである。