孫子の兵法と立体的・流動的アプローチ

菊澤(2009)は、物理的世界、心理的世界、知性的世界の3つの世界を考慮するキュービックグランドストラテジーの概念を提唱している。そしてこの3つの世界をとらえ、かつ流動的なアプローチをとっている代表例として孫子の兵法を挙げている。


例えば孫子は「計篇」において、戦争をする前には五事七計が必要だと説く。五事は、道・天・地・将・法である。七計とは、有道・有能・天地・法令・兵衆・士卒・賞罰である。つまり、(1)物理的世界に関して、天候と地形はどちらに有利か、(2)心理的世界に関して、どちらの君主が人心を得ているか、優れているか、(3)知性的世界に関して、どちらの軍隊が軍紀や法令を遵守しているか、どちらが強いか兵士の訓練の度合いはどちらが上か、賞罰はどちらが公明正大か、というように敵と味方を事前に比較すれば、戦う前に勝敗をはっきり知るということができるという。


戦う場合にも、3つの世界を明確に意識しながら、そのときどきの戦況に応じて臨機応変に戦略を変化すべきだと説く。物理的世界に照らし合わせば、大原則は戦わずして勝つことであり、戦いを避けることができない場合には、万全の態勢で短期決戦で決着をつけるべきだと言う。心理的世界に関しては、戦闘に突入するときには心理的な「勢い」を利用する。また、敵軍の兵士から心理的に気力を奪い取る。そのため、迂直の計など、虚をつくことによって心理的打撃を与える方法を説いている。また、知性的世界に関しては、主導権を握って敵をこちらの思い通りに動かすために「そうすれば有利だ」と思わせたり「そうすれば不利だ」と思わせる策を施す。


さらに重要なのは、特定の型や戦法やパターンに固執せず、常に状況分析をしっかりと行い、そのときどきの情勢に対応して、水が流れるように臨機応変に戦略を展開することだと言うのである。水のように相手に応じて姿を変え、絶えず流れていることが、孫子の兵法の本質なのである。