論文作成力を高める和文数訳のススメ

この世界には、数千年かけて改良されつづけた言語で、国や文化背景によらず共通に使われている言葉があると新井(2009)はいう。それは「数学語」である。数学の論文や専門書の記述では純粋な数学語が使われ、算数や数学の教科書では、日本語まじりの数学語で書かれていると言ってもよい。


数学や科学のみならず、論理的とよばれているあらゆる分野で、数学語が共通語として使われている。何故ならば、いわゆる「論理」は世界共通だからである。宗教や風習、信念や常識は文化によってさまざまであっても、論理だけは共有できる。例えば、裁判の判決文は数学の定理証明と似た形式である。


そのため、とりわけ論文を作成することが必要な場合には「数学語を第二言語として身につける」ことが重要だと新井は示唆する。英文、和文に関わらず、論文がうまく書けない人は、語学の問題というよりも、論理的に考え、記述することができていないケールが多いからである。そして、数学語を第二言語として身につけ、論文作成力を高める方法の1つが、和文数訳の訓練を行うことである。つまり、数学の文法で物事を記述できるようになれば、物事を論理的に書くことができるようになる。


まず、論理的な記述を始めるにあたって極めて重要なのが「定義」である。例えば「Aという事柄を定義する」ということは、どんなものについても、それがAかどうかを論理的に判定できなければいけない。またAという語句の定義の中に使われる語句は、Aの定義に先立って定義されていなければならない(最小限の無定義語を除く)。そして、新たに付け加える定義によってすでに構築された数学(論理体系)に矛盾が生じるようになってはいけない。


定義は辞書と同じであり、初出の言葉は必ず定義される。定義されていない言葉は決して使われない。定義を積み重ねることで、以後、複雑なことを短く表現できるようになる。新しい用語を定義し、導入することによって、それまでに出てきた概念を短い言葉に圧縮することができる。それに記号を与えれば、式の中でも使用することができる。これを繰り返していくと、本来ならば数百ページかけなくては説明できないような関係を、人間が理解可能な短い命題にまとめあげることができる。つまり、定義と記号は言語の加速器として機能するのだと新井はいう。


定義を含め、数学的な主張や仮定などの文章は「命題」と呼ばれる。その内容の真偽は問わない。命題のうち、数学的な手続きによって証明されたものを「定理」という。命題は、数学的に扱う「対象」の「性質」あるいは複数の対象間の「関係」について述べたものである。ただし「性質」も1次の関係として解釈する。そして、「〜のとき、…である」という命題の場合、「〜」が「前提」「…」が結論である。純粋な数学の記号だけで表現する文を数文と呼ぶならば、数文に使われる「接続詞」が「論理結合子」である。論理結合子を表す記号を「論理記号」といい、これには7種類ある。


以上より、和文数訳の対象となる数学語・数文の場合、命題とは0個以上の対象間の関係について述べた数学的主張である。そして、簡単な関係を論理結合子で接続することで複雑な関係を作り出すことができる。数学で用いられる基本的な論理結合子は、「〜でない」「ならば」「かつ」「または」「同値」「〜を満たす○が存在する」「すべての○について」の7種類である。他の論理結合子は、上記の7種類をうまく組み合わせれば表現できる。日本語の命題からうまく対象と関係、そして論理結合子を抽出し、記号に置き換えると和文数訳ができるし、その方法を新井は解説している。