日本の人事制度の同型化圧力

企業の技術戦略や業務システム、提携戦略などは当然のことながらその企業がおかれている業界によって変わってくる。しかし、人事制度になると、業界を問わずどの企業も似通ったものになり、人事制度に関する議論になると業界特性その他の、企業を取り囲む文脈の議論がすっぽりと抜け落ち、あたかもどのような業界に属する企業にもあてはまる人事制度をつくろうとしているかのような議論になる。つまり、やっている商売、利益をだすための方程式は業界は企業によって全く違うのに、人事制度だけはどの企業も恐ろしく似てくるのだ。


そして実際、ストックオプションコンピテンシーマネジメント、成果主義賃金、キャリアマネジメント、ワークライフバランスなど、一時に提唱される仕組みが全国の企業にいっせいに広がり、どこかしこも遅れんとばかりにその仕組みを導入していく。これは、企業が、それを入れることによって企業業績を高めようとする「戦略的な意思決定」に基づいているのではなく、他社も入れているのだからウチも入れないとまずいだろう、というような同型圧力に屈するかたちで、効果もよくわからないまま急いで導入するのである。よって必然的に、他の企業はどうやっているのかに鋭く目を光らせる。あの制度はすでに他社で導入されたのであろうか。何か新しい仕組みを入れた会社はあるのだろうか、など。


ディマジオパウェルによれば、同型性のタイプは3つに分かれる。1つは強制的同型性で、上位にある企業が下位にある企業に類似する仕組みを導入するよう圧力をかける場合である。企業グループや系列集団などで起こりやすい。2つめは模倣的同型性で、成功している企業を真似ようとすることから一種のファッション化するような例である。3つめは、規範的同型性で、コンサルタントなどの組織横断的プロフェッショナルが、同じ仕組みの導入をアドバイスしたりするような例である。


これらの同型化圧力で、多くの企業が特定の仕組みを導入すると、残された企業は、それを入れていないがゆえに社会的に不利になることを恐れ、自社も導入する。よって「勝ち馬にのる」バンドワゴン効果が生じ、急速にその仕組みが広まっていく。例えば、「ワークライフバランスを推進する」企業が増えることにより、それを入れることが「当たり前」もしくは「優れた企業の証」という雰囲気が社会全体に出来上がってしまい、それを入れていない企業は「常識に反する」「劣悪な労働条件の企業」というレッテルを貼られてしまいかねない。だから、効果はさておき、あるいはコスト増になって利益を圧迫するかもしれなくても、慌ててその仕組みを導入しようとするのである。


しかし、同型化圧力によって導入した仕組みが企業業績を高める保証がないばかりか、逆に企業効率を悪化させる状況も生じることから、マイヤーとローワンがいうところの、公式構造と非公式構造のデカプリングが生じることになる。つまり、表向きは、社会の常識に合わせて特定の仕組みを導入するのだが、実際の運用の仕組みは、別のやり方をするのである。例えば、成果主義の流行に従って、「成果主義」をうたった人事制度を導入したものの、実際の運用については、従来の慣行にならって「年功的」に運用する、という度合いである。それは、年功的に運用したほうが日常のオペレーションが円滑に進んだり、従業員のモチベーションを維持したりと、総合的に考えて望ましいと本音では思っているからである。同型化圧力が強まるほど、デカプリングの可能性も高くなるのだろう。