経営学は経営教育に役立つのか

経営学は、単純化すれば、経営現象における法則性を科学的に解明しようとする学問だといえる。自然科学がそうであるように、さまざまな経営現象に共通する要素を抽出して、残りを捨象することにより、一般性の高い法則性を確立しようとする。その態度は学問的には当然であり、学術的に価値があることは自明であるが、そんな経営学が、経営教育に役立つのだろうか。


自分自身の人生と同じく、実際の経営というのは後戻りできない一回きりの出来事であり、経営場面における意思決定は固有のものでこれも一回きりのものである。そして、経営はアートであるとも言われるように、経営者の「経営感覚」「勘」「直感」が大切であるという視点に異論を挟むのは難しい。だとすれば、現実の経営と、経営学は相容れないのではないか。


しかし、それでも経営学は経営教育に有効であるといえる。そこには、次の前提がある。1)経営感覚や直観にも、その背後にロジックが必要であること、2)経営意思決定は、手に入りうるもっとも良質な情報を用いて行うべきであることである。


たしかに、一回きりの現象である経営場面における意思決定に経営感覚とか直観と呼ばれるようなものは大切である。では、直観的に導き出される意思決定に、本人はどれだけ自信が持てるか。あるいは、その意思決定が正しいもしくは適切であるということをどのように確かめるのか。そこで必要になるのが「科学的証拠」であり、経営学の知識なのである。その直観が正しいという科学的証拠があれば、実行に自信が持てる。一方、その直観が間違っているという科学的証拠があるかもしれない。けれどもそれを知らなければ、間違った意思決定を実行してしまう。


そして、通常、意思決定は限られた情報を用いて行うものである。すべての情報が手に入るわけはない。だから限られた情報になるのだが、その情報は良質でなければならない。根拠のない信念や思い込みよりも、科学的証拠を伴った情報のほうが優れている。それが経営学的知識であるといえる。経営学を学ぶことにより、意思決定の助けとなる良質な情報を手に入れることができるのである。


また、限定された情報を用いて瞬時に意思決定をしようとすると、人間は間違った意思決定をしてしまうことが多い。これ自体、科学的根拠のある法則である。これを知っているかいないかで、意思決定を間違える確率はずいぶんと変わるだろう。知っていれば、あらかじめそのような意思決定をしてしまわぬよう対策を立てることも可能なのである。

文献

Erez, A., & Grant, A. (2014). Separating Data from Intuition: Bringing Evidence into the Management Classroom. Academy of Management Learning & Education, 13, 104–119.