直観力を鍛えて運を味方にする

中山(2010)は、「運」というのは半分は偶然であり、半分はその人の責任だという。そして、偶然性の存在を認識しつつも、「自己責任」においてできるだけ運を味方につけるには、「直観力」をつけることが重要であることを示唆する。


では直観力とは何か。中山によれば、まず、直観には「直感」と「直観」の2種類がある。直感は動物として備わっている本能で、刺激に対する反応だと考えてよい。それに対して直観のほうは、イメージ記憶(コトバを必要としない右脳型の記憶)の脳を持つ高等動物のみの特質で、新しい環境に遭遇したときに、過去のイメージを「観て」、行動に移すようなものである。直観は、脳の動物系の働きであるといってよく、運を左右するのも、この直観力にあると中山は指摘する。


しかし、私たちが「考える」ときは「コトバ」を使う。これは、脳の言語系(計算+コトバ記憶)の働きによるものであるが、こちらを偏重しすぎ、自分の感覚で得られた体験、経験によらない「妄想」に陥ると、直観力が弱くなる。ただし、直観と言語系が共同作業を行うことで、私たちはインスピレーションを得ることができ、創造的な活動につながると考えられる。たとえば、いいアイデアがなくても、理詰めで考え抜く、考えるタネがなくなるまで考え続けると、やがて、イメージ系の記憶が一人歩きをしはじめる。それが、言語系に変換され、論理化された新しいアイデアが出てくる。つまり、インスピレーションとは、動物的であった元来自由奔放であるイメージ記憶が、コトバと結びついた記憶となり、論理的な「つじつまあわせ」に成功したときに得られるものなのである。


また、名人とは、自分の直観を自覚できる人を指すといえる。つまり、職人は、理屈ではなく体で技を覚えるため、仕事での直観力が研ぎ澄まされているわけであるが、そういった直観がコトバを伴わないイメージ記憶主体であるがゆえに、直観そのものを自覚していないし、であるがゆえにそれをうまくコトバで言い表せない。しかし、名人は、人並み以上のイメージ記憶を持つと同時に、それらを理屈づけることによって理性の裏づけもできている。つまり、名人は、その道を極めているがために、直観を自覚することができる。であるがために、それをうまくコトバで言い表すこともできるというのである。


これらのことから、直観力を鍛えて運を味方につけるためには、1つ目として「莫妄想(余計なことを考えない、クヨクヨしない)」を心がけること、「現場主義(五感で経験する、理性で考えたことはカラダで試す)」でいくこと、そして「無念無想(全体的好奇心を持って、理性の働きが停止するまで考え抜く」を実行することだという。こうすることにより、「運」を直観することにつながっていく。