経営組織論(1部)

労働者の生産性を知る

ケース

C社は中小企業であるが、事業も成長を続け、毎年採用する新卒枠に対する応募者も増えてきた。最初の頃は、そもそも応募してくる学生が少なかったので、よっぽどのことがなければ採用を決定していた。しかし、知名度も上がって応募者が増えてくると、その中からもっとも望ましい人々を採用する必要がある。しかし、近年、自社独自で選考をやっているのだが、どうも採用する前によいと思った人材が、入社後に期待はずれになってしまうことがしばしばあることに気がついた。人材の採用は非常に高い買い物である。そこで、採用コンサルティングの会社に相談した。採用コンサルティング会社には、採用・選考に関するノウハウがある。しかし、選考の精度を高めようとすればするほど、コストがかかる。では、C社は、選考の精度をコストを支払って行なうべきであるか。そうであるとすれば、どれくらいまでコストをかけるべきであるか。

テキスト

投資銀行のケースと商業銀行のケースの比較

  • 業績のばらつきが小さい

原則

  • 応募者の選別は、それに伴うコストが小さいほど大きな利益をもたらす
  • 応募者の選別は、その結果として大勢の応募者が不採用になるほど大きな利益をもたらす
  • 選別の対象となる労働者を雇用した場合に生じる費用が大きいほど、応募者を選別することは大きな利益をもたらす。
職務配属の問題
ケース

新規学卒一括採用は、わが国の人事制度を特徴付けるやり方のひとつである。一括採用の場合、応募の段階、もしくは選考の段階では、どの部署のどのようなポジションに応募しているというわけではなく、総合職とか一般職といった、ぼんやりとしたくくりの中で応募しており、最終的に入社して配属されるまで、どの部署でどの仕事をやることになるかわからないことが多い。
また、日本では、大学で勉強する内容と、企業に入社してからこなす仕事との関係が薄い。そのような状態では、企業としても、採用選考をしただけでは、本人がどの仕事に最も適しているかを判断するには早すぎる。では、いったいどのように配属先を決めるのだろうか。


仮に、新卒新入社員30人の配属先として、営業と経理の2つがあり、それぞれ定員が半分ずつであるとしよう。新人なので、それぞれの適性はまだはっきりしない。この場合、それぞれについて、営業と経理とどちらが得意なのかを把握し、得意な方に配属すればよいのか。しかし、その場合、適性を把握するにはコストがかかることも考慮しておくべきである。それだけのコストをかける意義はあるのか。どうやって、適性把握コストを正当化するのか。また、例えば30人中20人が経理よりも営業のほうが得意であるということがわかった場合、どうすればよいのか。

原理

  • ある職務に配属する人数を変えることができるならば、労働者は絶対水準で見て最も高い生産性を達成できる職務に配属されるべきである。
  • 職務の定員が固定されている場合は、労働者は絶対的優位性に基づいてランク付けされ、そこから定員が埋まるまで適切な職務に配属されるべきである。
  • 労働者が非常に異なった技能を持っている場合、配属が重要となる。Aは得意でBは苦手というような差が存在する場合、配属への選別が大きな価値を生み出す。
  • 労働者が同質的で、どのような職務でも技能が類似している場合、選別はあまり大きな価値をもたない。
選別のコストをどこから差し引くか
  1. 選別のコストを給与から差し引くとする場合、選別された後の給料から差し引くとするならば、コストを差し引かない給与で別の会社が引き抜くことができる。つまり、別の会社は、自分は選別コストを支払わないで、元の会社に選別のコストをかけさせといて、タダで選ばれた人材を手に入れることができるので得をする。元の会社は、選別コストを差し引こうとしていた人材に逃げられ、損をする。
  2. 選別のコストは、選別される前の、例えば初任給の状態で差し引けばよい。つまり、相場の給料よりやや低い給与で採用すればよい。いったん、人材が選別されたら、それに見合った給料を喜んで支払うことにする。労働者は、企業の選別を受けることによって「選別されたという証明書」をお金で買うような形になる。いったん、その証明書を手に入れれば、それに見合った額の給料のもとで他社で働くことが可能になるのだから、労働者にとっても損はないからである。よって、選別で勝ち残る自信のある労働者は、初任給が相場よりもやや低かったとしても、その会社に応募、入社するだろう。
採用試験の存在は、応募者をひきつける魅力に影響するか
  • 厳しい採用試験を課す企業は、そうすることによって優秀な人材を選別することができるから、多くの企業利益を稼ぎ出すことができる。
  • よって、従業員に高い報酬を支払う余裕があり、実際に高給となる。
  • 厳しい採用試験があるということは、それだけ応募者にとって負担になるのだから、応募者が敬遠して応募者数が減るかといえばそうではない。厳しい採用試験をパスして入社できれば、高給が待っているのだから、そういう会社は、自分の実力に自信のある者にとっては魅力的に映るはずである。
  • 採用試験を受けて落ちた場合、その情報が他に出回ると不利になるから、採用試験をくぐりぬける自信のある者がより多く応募してくる。試験に受かる見込みのない者は応募してこない。
  • よって、応募者全体のレベルも高くなり、その中からよりすぐって選抜するので、選ばれた人材もますます優秀なものがそろうことになる。それが企業利益をさらに押し上げる。
  • つまり、厳しい採用試験を行なうということは、それ自体も、企業に優秀な人材をひきつける1つのシグナルとなる。

コラム(最適配置と成果主義

  • ある会社に2人の従業員、田中さんと佐藤さんがいるとする。まず、企業経営の視点から、田中さんと佐藤さんを、新規開拓営業と技術営業のどちらかに配属しなければならないということになっている。
  • その前に、田中さんと佐藤さんの能力について見てみる。潜在能力で見た場合、田中さんのほうが、佐藤さんよりも優れていることがわかっている。つまり、潜在能力で処遇する職能資格制度をとっている会社なら、おそらく田中さんの方が、佐藤さんよりも多くの給料をもらうことになる。
  • 次に、田中さんと佐藤さんが、それぞれの仕事を任された場合に、どれだけの成果を出しうるかということを見てみると、田中さんは、新規開拓営業をやらせたら、10ポイント分の成果をあげられることがわかっている。一方、技術営業のほうは不得手で、6ポイント分の成果しかあげられない。田中さんは、自分の力を十分だせるのは、新規開拓営業だということになる。次に、潜在能力で田中さんより劣る佐藤さんの場合、新規開拓営業をやらせたら、8ポイント分の成果をだすことがわかっている。ところが、技術はまったくだめで、技術営業をやらせると2ポイント分しか成果をだせない。
  • 企業は田中さんと佐藤さんを、2つの仕事のどちらかに配属する以外に選択肢がないとする。企業が収益を最大化するべき配属はどちらであろう。まず、新規開拓営業田中さん、技術営業佐藤さんにしてみると、企業収益は(10+2=12ポイント)となる。次に、新規開拓営業佐藤さん、技術営業田中さんにすると(8+6=14ポイント)となる。この結果、企業としては、報酬の原資にもなる企業収益を最大化するためには、新規開拓営業には佐藤さんを、そして技術営業には田中さんを配置させるべきだという答えになる。そのほうが、従業員の給料の原資となる企業収益が増えるので、給与総額も増えて、社員がハッピーになる。
  • つぎに、給与原資の分配方法として、個人の給与をどう決めるか。ここで、潜在能力に応じて支払う職能給、成果主義にしたがった成果給の2つの選択肢がある。近年のトレンドからいったら、企業は、職能給を廃止して、成果主義を取り入れた成果給を選ぶであろう。また、不公平感を生み出さないために、成果給の根拠となる業績の測定も、精緻なものにして、正確に成果が図れるようにしたとしよう。つまり、絶対的な成果に対して、それに応じた報酬をきちんと払うシステムを整えたために、成果の測定のしかたとかには文句がでないようにしたのである。
  • 田中さんと佐藤さんの給料はどうなるであろう。話をややこしくしないために、予想とおなじ成果をあげられたとすると、田中さんは、6ポイントの成果なので、成果給は6ポイント分支払われる。一方、佐藤さんは8ポイント分支払われる。なんと、成果主義にしたために、潜在能力で劣る佐藤さんのほうが、田中さんよりも多く稼ぐことができるようになってしまった。田中さんの潜在能力は、スケールを合わせれば(10+6)/2で8ポイント分であるのに対し、佐藤さんは、(8+2)/2=5ポイントだからだ。本当にこれでいいのだろうか。田中さんのほうが、佐藤さんよりも高い処遇をされるべきではないのだろうか。
  • 成果主義は、潜在能力で処遇するのではなく、ちゃんと顕在化された成果で処遇すべきであると説く。しかし、潜在能力の高い田中さんは、新規開拓にまわえば10ポイント分の成果をだし、その分の給料を受け取るチャンスがあった。しかし、会社の辞令によってそのチャンスがもらえなかった。