本編では、AMJに掲載された混合研究法を用いた論文であるJia et al. (2024)を教材として、混合研究法を用いた研究をトップジャーナルに載せるための研究方法や論文執筆方法について解説している。前回は、混合研究法の本質的なところの解説でスペースを使ってしまったので、今回からJia et al. (2024)の論文の詳細を見ていくこことにしよう。
Jia et al. (2024)の要約の特徴
まず、Jia et al. (2024)の論文の要約を見てみよう。最初の1文で、AIは従業員が創造性を高めることを助けるかというリサーチクエスチョンを投げかけ、この研究では、「AIと人間の協働」「ジョブ・デザイン」「従業員の創造性」といった先行研究を手掛かりに、AIがルーチン的な前工程を、人間が高度な問題解決能力を必要とする後工程を行うようなタスク分業を対象とした研究を行なったと報告している。次に、テレマーケティングでのフィールド実験を行なった結果、前工程をAIが行うと、後工程を行う従業員の創造性が増大し、その結果販売量も増えたが、スキルの高い従業員ほどその傾向が強かったと述べている。
そして、非構造化インタビューによる質的調査を行なった結果、前工程をAIが行うことによって従業員がより関与度の高い顧客に接する機会が増えるような形でジョブ・デザインが変化していることが分かり、それゆえにスキルの高い人は革新的な対応策を生み出す機会が増え、肯定感情も高まるために創造性の高まりやウェルビーイングの増大につながるが、スキルが低いと革新的な対応策が生み出せずに否定感情に陥ってしまうことが明らかになったと述べている。最後に、従業員はAIの助けを借りて創造性を高めることができるが、それは従業員が持っているスキルに依拠しており、保有スキルが高いほどその恩恵を受けられるという結論で締めくくっている。
Jia et al. (2024)の要約は他のAMJ論文と比べても分量が多いほうであり、リサーチクエスチョンから始まって研究対象となるAI関連のタスク、数量的調査であるフィールド実験の概要と結果、そして質的調査の結果を記載し、最後に結論で締めくくるという形で、論文で何を行ったかを網羅的にカバーした要約となっている。特に、限られたスペースにおいて、リサーチクエスチョンから初めて、研究内容を漏れなく簡潔に記述した上で、最初のリサーチクエスチョンに答える結論で締めくくっている点は見事である。
ただ、本シリーズの数量的研究編で見てきたAMJ論文の多くは、その研究成果の核となる理論的ストーリーやロジックをわりと丁寧に要約に盛り込んでいることが多かったが、Jia et al. (2024)の要約はその部分は割愛されている。本論文の要約の特徴は、混合研究法で行った2つの調査の概要をどのように要約という限られたスペースに盛り込むかという課題と工夫を反映しており、数量的調査と質的調査の両方の概要を盛り込むことでかなりの分量を費消しつつも、リサーチクエスチョンや研究対象、結論もさらに盛り込もうと工夫をした結果だと考えられる。
Jia et al. (2024)の序論部分
本シリーズでも再三強調している通り、AMJのような経営系トップジャーナルの特徴として、序論部分はミニ論文としての役割を担っており、Jia et al. (2024)もその例外ではない。すでに要約では論文の全貌を網羅的かつ簡潔に記載されているので、この要約の構造を基本として、ストーリーやロジック、調査の詳細などの肉付けをした上で引き延ばしたようなイメージだと捉えて問題ない。要約と序論との関係で言えば、本論文のように、要約と序論が相似形のようになっているケースもあれば、要約では論文で主張したい最も強いロジックやストーリーに焦点を当てる形で読者の注意を引き、序論では典型的なミニ論文の構造にして要約でも強調したストーリーやロジックを際立たせるというようなケースもある。
Jia et al. (2024)の序論は7つの段落で成り立っている。最初の段落で研究テーマの説明と、現状でよく分かっていない論点の問題提議を行っている。具体的には、AIと協働することで従業員の創造性は強化されるのかというリサーチクエスチョンを提示し、それに対しては「AIが単純作業のような面倒くさいことをやってくれるので人間が創造性を伴うタスクに集中できる」といった視点から、人間の創造性は高まるのではないかと予測はされるものの、この研究テーマについては、(新しい現象であるがゆえに)理論的な説明や実証的エビデンスがまだないという問題を指摘している。次に、2番目の段落では、前の問題提議とリサーチギャップに答えるために、どのような先行研究を手掛かりに、どんな予測を立てているのかを説明している。具体的には、職務特性理論や従業員の創造性の研究を援用することで、AIとの協働が職務特性を変容し、その結果、スキルの高い従業員ほどAIと協働することで創造性が高まって成果も高まると予想すると述べている。序論なので詳細なロジックを説明をせず、あっさりと記述している。
そして3番目の段落で、本研究で混合研究法を用いたことを説明している。最初に、顧客コンタクトの導入部分をAIが、より深いやりとりを含む後工程を人間が行うようにタスク分担が行われているテレマーケティングの職場におけるフィールド実験を行うことで、本研究で扱うAIとの協働→創造性の高まり→成果の向上といった因果関係についてのエビデンスが生成されたこと、そしてスキルが高い従業員ほどこの傾向が顕著であったことを述べている。4番目の段落で半構造化インタビューを実施したことを述べ、因果関係プロセスについてより深い理解と洞察を得たことを記載している。具体的には、関心がない顧客をAIが弾き飛ばすので人間が対応するのはサービスに興味を抱いている顧客ばかりになること、それらの顧客からの質問がかなり深いものになること、それに対応するために人間がより革新的な対応方法を考えることにつながること、スキルの高い従業員は自分の能力をより発揮できるので肯定感情が高まり、士気も高まることを報告している。
序論の最後として、残る3つの段落を用いて本研究の学術貢献を説明している。最初の貢献が、本研究によって、前工程をAIが、後工程を人間が行うタスク分業のような具体的な分業のパターンを示しつつ、それによってAIが従業員の創造性を高めることを明らかにしたことで、AIと人間の協働による人間の能力の強化というテーマを前進させたこと、2つ目の貢献が、AIが従業員の創造性を高める際には重要な条件があって、従業員が有しているタスクの高低がそれに該当することを明らかにしたことである。最後の段落は全体としての本研究の貢献を短くまとめたものになっている。
Jia et al. (2024)の要約と序論をしっかりと読んでみると、これまで本シリーズで扱ってきた論文に見られるような、骨太でハッとさせられるようなストーリーやロジック、新しいコンセプトなどを強く打ち出すような論文ではないことが分かる。これが混合研究法を用いることの弱点と言えるかもしれないが、逆に、混合研究法を用いることの強みは別のところにあるということを意味している。Jie et al. (2024)の混合研究法の場合、クリエイティブかつイノベーティブな骨太のストーリーやロジックを全て演繹的に導き出すわけではなく、丹念な質的調査によってこれまでの常識や通説を覆すような新たな発見や洞察を得たわけでもない。この辺りの中途半端感はあるが、新しい現象で、これからますます進展がありそうな人間との協働という研究テーマについて、方法論を含めて多角的な視点からアプローチして理論的にも実践的にも役立つような着実な前進を果たしたところ、トピック、方法論、研究成果を総合するととても新鮮な印象を受けるところがJia et al. (2024)の最大の強みであり貢献と言えるだろう。
文献(教材)
Jia, N., Luo, X., Fang, Z., & Liao, C. (2024). When and how artificial intelligence augments employee creativity. Academy of Management Journal, 67(1), 5-32.