エージェントベースモデルで学ぶ「鳥の群れ型リーダーシップ」

組織は精密機械のごとく厳密に設計されて運用されるという側面もないわけではないが、個々のメンバーがある程度の自由度をもって活動する中でも、同僚と何らかの相互作用を行うことで、組織全体として秩序あるパターンが生まれてくる(創発する)側面を強く持っている。しかも、そのようなパターンは全く同じものが繰り返されることはなく、常に変化しており、言い方を変えれば常に新しいパターンが創出されるとか組織全体が進化していくともいえる。そして、リーダーは、このような、個々のメンバーの振る舞いから全体としてのパターンが創発するという組織の特徴を最大限に生かしてイノベーションや組織の活性化、パフォーマンスの向上につなげるようなリーダーシップが求められる。

 

上記のようなリーダーシップの本質を理解するのに役立つのが、エージェントベースモデリングというコンピュータシミュレーションで、この手のシミュレーションでもっともシンプルかつ有名なものが、鳥の群れのシミュレーションである。鳥の群れは、群れ全体を統括するリーダーが計画を立てて群れ全体を動かしているわけではない。1羽1羽の鳥が、ごく少数のルールに沿って行動するだけであるにも関わらず、全体としては「群れ」という組織現象が創発されるのである。そして、このコンピューターシミュレーションは、ごく少数、具体的には3つのルールを設定して各エージェント(鳥)を動かすだけで、自然現象で観察される鳥の群れと非常にそっくりな現象を生み出すことができることが驚きをもたらす。

 

今回は、この鳥の群れのシミュレーションから得られる洞察に基づいたリーダーシップスタイルとしてWill (2016)が提唱する「鳥の群れ型リーダーシップ(Flock leadership)」について紹介する。実際のコンピュータ・シミュレーションは、Netlogoというプラットフォームで実行可能なものであり、以下のサイトからウェブブラウザー上でも実行が可能である。

NetLogo Web

そもそも鳥の群れのシミュレーションでは、個々のエージェント(鳥)の動きをプログラミングしているだけで、リーダーの存在を想定していない。それなのに、リーダーシップについて何が学べるのだろうかと思うかもしれない。しかし、リーダーの役割は、全体を計画したりコントロールすることではなく、個々のメンバーに自律性を持たせながらも、必要最低限のルールを定めてそれに従ってもらうことによって組織全体を動かしていくものであるという視点を加えるならば、このシミュレーションから、「リーダーはどのような特徴をもったルールを組織メンバーに対して設定すると、よりクリエイティブな組織になれるのか、より活性化された組織になれるのか、あるいはよりまとまった、秩序だった組織になれるのか」といった問いを検討することができるのである。

 

例えば、スターバックスでは、接客のマニュアルがなく、接客は店員のアドリブに任されているといわれている。しかし、だからといって自由気まま、傍若無人に振舞いなさいといっているわけではなく、スターバックスとして守るべき「ミッション」や「行動規範」を徹底している。これが、鳥の群れでいうところの少数のルールに類似しているといえるし、特定のミッションや行動規範を徹底することはリーダーの役割である。

 

さて、実際の鳥の群れのシミュレーションでは、鳥の振る舞いかた(他の鳥との相互作用のあり方)を変化させるルールのパラメータが5つある。当然、オリジナルな鳥の群れのシミュレーションでは、言葉のとおり、鳥など動物の物理的な「群れ」の特徴を理解する目的でつくられたものなのであるが、Willは、これを、組織と組織で働くメンバー間の相互作用が、特定の組織の特徴や行動を誘発するという視点で解釈が可能であると主張する。であるから、シミュレーションで得られる動きを、多数のメンバーからなる組織とかチームになぞらえて考えることができるが、そこでは必ずしも「物理的な」メンバーや組織を想定する必要はない。シミュレーションで観察される「組織」の動きは、メンバーの集合的な思考であったり態度であったり、もちろん行動であると解釈可能である。

 

では具体的に、Willが提唱する「鳥の群れ型リーダーシップ」で、リーダーが組織のメンバーに設定するルールの5つのパラメータにどのようなものか説明しよう。

1. Vision(相互作用をおこなう同僚の範囲)

シミュレーション上は、エージェントが他のエージェントを認識できる距離を示しており、visionの値を高めると、エージェントは遠くの他のエージェントを認識し、ルールに従ってそれらのエージェントと相互作用する。鳥の群れ型リーダーシップでは、近くの同僚のみとルールに従った相互作用をするか、遠くの同僚とも同じようにルールに従って相互作用するかの違いを度合いで示すものである。相互作用をおこなう同僚の範囲が狭いということは、組織内において、身近な同僚以外との交流があまりないような組織を意味しており、相互作用をおこなう同僚の範囲が広いということは、逆に、組織内において他の部署など遠くの同僚とも一定の頻度で交流を行うような組織を意味している。

2. Minimum-separation(同調圧力への抵抗)

シミュレーション上は、エージェントが認識可能な他のエージェントとどの程度まで接近できるかどうかの度合いを示しており、minimum-separationの値よりも小さな値の範囲内に他のエージェントが接近してきた時は、そこから遠ざかるまで相手を無視する。鳥の群れ型リーダーシップでは、エージェントの同調圧力への抵抗の度合いを示している。つまり、minimum-separationの値が大きいと、他の同僚が適度に離れている限り、すなわちチームがあまり凝集して同調していない時に限って同調行動を行うが、その同僚が接近してくる、すなわちグループ全体が凝集する方向に進んでいくいる時には、同調を拒否するあるいは無視するというルールを示している。

3. Max-align-turn(コミュニケーションルール)

シミュレーション上は、エージェントが認識可能な他のエージェントが向かっている方向の平均に自分の向かう先を合わせる度合いを示している。max-align-turnの値が大きいと、群れ全体が同じ方向に進みやすいことを示している。鳥の群れ型リーダーシップでは、メンバーが同僚と進むべき方向性についてコミュニケーションを取り、環境の認識や行動すべきことについて共有することを奨励する度合いを示している。チーム全体で言えば、メンバーが認識可能な同僚とうまくコミュニケーションを取る結果、状況把握などがメンバー間に共有され、メンバーが同じように状況を認識し、同じ方向を向き、同じ方向にむかって行動する度合いを示している。ただし、メンバー同士が近づいていくことで凝集性を高めていく(下記のコンセンサス規範)とは異なる次元である。

4. Max-cohere-turn(コンセンサス規範)

シミュレーション上は、エージェントが認識可能な他のエージェントが位置している中心的な位置に向かって進む度合いを示している。max-cohere-turnの値が大きければ、エージェントは、認識可能な他のエージェントの現在位置の中心的な位置を認識し、そちらに向かって自分自身を動かすことを示している。鳥の群れ型リーダーシップでは、メンバーが、他のメンバーが平均的に理解しているような内容に自分自身も従っていく度合いを示しており、チーム全体としてはメンバーのコンセンサスが取れている状態を示している。

5. Max-separate-turn(ユニーク性規範)

シミュレーション上は、エージェントが自分に最も近い他のエージェントと異なる方向をむく度合いを示している。max-separate-turnの値が高いと、エージェントが一番近い他のエージェントが向いている方向と真逆に近い方向に自分自身を方向転換することを示している。鳥の群れ型リーダーシップでは、チームのメンバーが、周りの環境を認識し、行動するにあたって、自分自身のユニークさを維持する(自分に近い同僚とは異なる考え方や行動をする)ことを奨励する度合いを示している。そうなると、組織内で多様な考え方や見方が増大することが考えられる。

 

鳥の群れ型リーダーシップでは、リーダーは、上記の5つのパラメータの度合いを組み合わせることで、さまざまな特徴をもった組織を生み出すことにつながることを示唆する。コンピューターシミュレーションの利点は、実際に手を動かしていろんなパラメータを変えて、組織の振る舞いがどうなるかを確かめることを何度も繰り返すことができるところである。実際の組織ではそうはいかないが、バーチャルなのでそのような実験が可能なのである。例えば、メンバーにユニークであれと過度に強調しつつ、かつ、コンセンサスを強く形成するようなルール設定をする場合や、組織内の多くのメンバーと相互作用を行い、同調圧力にも従うようなルール設定をする場合とでは、組織の振る舞いは異なるだろう。でも、メンバー間の相互作用から、どのような組織の特徴が立ち現れてくるのかを頭の中だけで想像するのは難しく、実際にシミュレーションというかたちで動かしてみないと分からない面もある。

 

よって、実際に鳥の群れのシミュレーションのサイトを訪れて、いろいろと上記のパラメータの値を変えながら組織の振る舞いを観察してみることによって、リーダーシップのあり方に関する様々な洞察が得られるであろう。

文献

Will, T. E. (2016). Flock leadership: Understanding and influencing emergent collective behavior. The Leadership Quarterly, 27(2), 261-279.